アムステルダムのトラムには8番線がない

オランダ アムステルダムのトラムには8番線がありません。なぜ8番トラムが無いのか、その理由は何でしょうか。オランダのトラム欠番について、オランダ雑学をまとめて掲載しています。

アムステルダムのトラム

アムステルダムでは路面電車トラムは、移動に欠かせない存在です。 アムステルダム中央駅からも多くの路線が走っており、観光に便利なトラム2番など、アムステルダムを移動する際にとても便利な存在です。

トラム8番線

16の系統が運行されているというアムステルダム、1から順番の数字の系統というわけではありません。中でも、アムステルダムのトラムを語る上で欠かせないのがトラム8の存在です。 トラム8は、1942年に路線が廃止されました。

戦争中にユダヤ人を国外追放するために使用された路線

トラム8は、この路線が戦争中にユダヤ人を国外追放するために使用された路線です。 1942年7月15日の夜、トラムによる中央駅への最初の強制輸送が開始されました。初年度は、混雑した路面電車が週に3〜4晩、時には日中にも運行されていました。駅からユダヤ人はヴェステルボルクに強制送還され、そこからドイツとポーランドの絶滅収容所に移送されたのです。

以前復活したものの……

1997年にアムステルダムでは、8番トラムという路線を復活したことがあります。もちろん行先は依然とは異なり、観光に便利な環状路線です。環状型ということで数字の8が適しているということになり「8」の番号が採用されましたが、 GVBには歴史に関してのクレームが届き路線の番号を変更することとなり2002年に廃止となりました。

実際には、アムステルダムからのユダヤ人の国外追放は、トラム8番以外にもさまざまなルートでさまざまな路線の路面電車を使用されていました。現在走る中にも、ユダヤ人の国外追放されていた番号の路線もあるのだとか。トラム8の存在を強くすることで、他のすべての路線番号を欠番としないようにしているのかもしれません。

トラム8番が思い出させてくれるオランダの第二次世界大戦

今後、トラム8の姿をアムステルダムで見る事はなさそうです。 アムステルダム博物館には第二次世界大戦について「トラム8」が展示されていました。欠番となっている説明も以下のようにありました。

トラム8の展示の近くにはアンネの日記で有名なアンネ・フランク像も。

他にもアムステルダムの歴史が展示される興味深い博物館でした。

公式の強制送還ルートの1つだったトラム8、欠番となっているトラムの番号にこのような背景があることはあまり知られていないかもしれません。トラム8が復活しない事は、アムステルダムからユダヤ人の国外追放されたという第二次世界大戦の事実を思い出させてくれます。



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